パン屋の無い街に住んでいる

 我が家の近隣に在ったパン屋が潰れた。私はパン屋が潰れる様な街に住んでいたのかと絶望した。
町内の全ての住人が、突如として薄情な人々に見えるようになった。
あの匂いに寄せ付けられない様な人間なんて冷酷無比に違いないのだから仕様が無い。

 我が街からパン屋が無くなってしまった。
駅前の店は随分前に潰れたが、まだ此処が在るからと油断していたら此の有様だ。日本の有触れた住宅街の街並みから少し浮いた、煉瓦造りの店構え。アールヌーヴォー風の看板、木香薔薇の生垣と、石膏の小さな泉。今は全てが更地になって、只々、統率の取れた正しい住宅街が出来上がった。

 パン屋の無い街に住んでいる。改めて考えても怖ろしい。

 そんな土地は、人間が人間らしく住める場所なのだろうか?あの匂いが朝にも夕方にも漂わない、生活と交差点ばかりのこの街は。

 跡地はチェーン展開の薬局になるらしいと、建設業許可証の看板から知った。

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